第5章 学力評価
酒井 志延
�T 研究の背景
1.日本の中学校や高校で行われている定期試験
この分野についての研究はあまり行われてこなかった。その結果,何年にもわたって日本の中学校・高校の定期試験を何百枚見てきた根岸(1999:8)は次のようにいう「日本の言語テストの状況が世界の言語テスト研究とかなり乖離していることは確かだ」。そして,「日本の定期試験は問題を抱えすぎていて,世界の言語テスト研究の成果をそのまま適応することは,たとえて言えば「病人」に「筋力トレーニング」を勧めるようなようなものである」と。この章では,筋力トレーニングにつながる一助になることを願って,日本の学校現場の状況と評価の問題について報告する。
本報告書の第2部では,全国の中学校及び高等学校の現職教員に実施した自己研修に関してアンケート調査について報告をしている。その調査の中で「評価とテスト」に関して興味深い事実が浮かび上がった。このセクションが「評価とテスト」の項目なので,調査の過程で浮かび上がってきたことをこのセクションで扱うことにする。
2.予備調査1:アンケート第3版の結果と考察
本研究のアンケート調査は第3版(第2部 第1章 現職英語科教員の「研修に関する」実態調査報告のAppendix 参照)を現職教員の指導者講習会の関東地区筑波研修会に集まった先生74人に対して実施することから始まった。アンケートの結果は各種の情報をもたらしたが,その中で,中学校と高校の教員が「教えることができる」と思っている授業と「自由に選択できれば教えてみたい」と思っている授業との間にギャップがあることが判明した。具体的にあげると,「あなたが教えることのできる授業はどれでしょうか(複数回答可)」という項目で,82.4%,81.1%の教員が「文法」,および「読解」の授業は「できる」と答えている。しかし,「授業活動が自由に選択できるとすれば,あなたが教えてみたい授業活動はどれでしょうか(複数回答可)」という項目になると,「文法」・「読解」はそれぞれ18.9%,29.7%に減っている。逆に「聞く話す」,「自己表現活動を中心とした書く授業」の授業はそれぞれ,61.8%,43.6%の教員が「できる」と答え,「自由に選べるならば教えてみたい」の項目では,それぞれ69.0%,52.7%に増えている。つまり,現在の中学校および高校の教員の多くは,「教えることができる」が「やりたくない」授業を教えていることがわかる。このギャップが起きる原因をアンケートで「もし,授業活動を自由に選択できない理由があればお聞かせください」という自由記述できいてみた。(自由記述の結果についてはAppendix参照)。すると,「入試」の制約と同時に,学年統一進度と学年統一(共通)テストの制約をあげる意見が目立った。過去において,高校及び大学入試に制約されて自由に授業を行うことができないという意見はよく報告されていたが,「学年統一進度と学年統一(共通)テストの制約」で授業が自由にできないということについてはほとんど報告されてことがないので,この問題を少し深く掘り下げて調べることにした。
そこで,改善されるアンケート第4版には,学年統一試験に対する意見を聞く項目として,
●22) あなたは学年統一テストについてどうおもいますか。最もあてはまるものをひとつえらんでください。
a) 評価の公平さを図るために必要だ。 b) テスト作成の手間が少なくなって良い。 c) おしえかたが個人で異なるのにテストを統一するのはおかしい。 d) その他( )。
を設けた。また,アンケート結果から多くの教員が「できればやりたくない」と考えている文法や読解の指導についても調査することにした。これらの科目の定期試験は,授業で行った教材の学習量を評価するもの(CRT)であるために,多くの学校では既習の英文を使った問題にせざるを得ない。定期試験は2ヶ月毎くらいの割合で実施されるが,中学校・高校とも遠足,文化祭,運動会などの学校行事を定期試験の間に実施するので,それらを含んだ2ヶ月での試験範囲は必ずしも広いとはいえない。したがって,その範囲のテストで順序をつけようとすると,前置詞の穴埋めができるくらいまでに英文を暗記するようなテストにならざるを得ない。そのような暗記を課すようなテストを統一で実施することは,そのテストに参加する教員が同じような指導法を実施することが十分に考えられる。それを確かめるために,指導法についてもたずねる項目を設けることにした。これは10年前に高校生700人対象に英語の学習調査を実施した時,東京学芸大附属高校などの超エリート校を除くと,かなり多くの高校生が英文を読む力を養成するために,授業の前に「新出単語調べ,教科書本文のコピー,本文の訳」を予習として実施していることが判明した(酒井1990)研究が背景にある。そしてその予習の実施率と高校偏差値の高さが比例していることも判明した。そのときの調査では,学習者側にたずねたが,学習者側の意見として,教員にこの学習法を指導されたというコメントがあったので,この「新出単語調べ,教科書本文のコピー,本文の訳」という3点セットが日本の英語教員の意識の中でどのように位置づけられているのか調べてみることにした。それで,それをたずねる項目として,第4版に次の2つを設けた。
●20) あなたは,読む力を養成するために,授業の前に生徒が「新出単語調べ,本文のコピー,本文の訳」を予習として行なうことは効果があると思いますか。
a) あるとおもう。 b) 効果より害の方が多いと思う。 c) その他( )
●21) あなたは「新出単語調べ,本文のコピー,本文の訳」予習またはこの改良型の予習について,生徒に指導または奨励されたことがありますか。
a) いつもしている。 b) 以前はしていたが止めた。 c) したことがない。
d) その他( )
3.予備調査2:アンケート第4版(第2部現職英語科教員の「研修に関する」実態調査報告Appendix2参照)の結果
第4版を茨城県の高校教員5年次経験研修会で調査した。
表1-5-1 3点セットおよび統一テストについて n=21人(1人が無回答)
| 3点の効果は |
3点の指導は |
学年統一テストは |
| あると思う 16人 |
している 9人 |
評価のため 14人 |
| 害が有ると思う 1人 |
以前にしていたがやめた 6人 |
楽である 1人 |
| その他 3人 |
したことない 3人 |
おかしい 4人 |
| |
その他 3人 |
|
【予習3点セットの効果についてのその他】
・全てが効果的と思えない。
・予習することはすばらしいが、本文の訳があっているかどうかが授業のポイントになってしまう。日本語がいつも介在してしまう問題がある。
・単語調べなどは効果があると思う。
【3点セットの指導についてのその他】
・授業内でやらせる。予習はしてこない生徒の方が多い。
・科目による。
・単語調べについてはいつもしている。
この調査の結果,21人中16人の教員がこの「新出単語調べ,教科書本文のコピー,本文の訳」という3点セットを支持していることが判明したので,つづく第5版で,幅広く調査することにした。その際に,統計処理しやすいように,質問形式を以下のように変更した。
●19) あなたは,生徒が日本の学校で英語の授業を受ける時,授業の前に生徒が「新出単語調べ,本文のコピー,本文の訳」を予習として行なうことは効果があると思いますか。
強くそう思う。 b) どちらかというとそう思う。 c) どちらかと言えない。
d) どちらかというとそう思わない。 e) まったくそうおもわない。
f) その他( )
�U 本研究の目的
アンケート第5版(第2部現職英語科教員の「研修に関する」実態調査報告Appendix3参照)の調査によって,テストおよび学力評価について,中学校および高等学校の実態を明らかにすることである。
�V 手続き
1.対象者:参加者についての概要は,第2部「現職英語科教員の「研修に関する」実態調査報告」に掲載してある。
2.方法:指導主事の先生を通して研修会等に集まった先生方にアンケートを実施,回収していただく。
3.期間:1999年から2000年
4.測定具:アンケート第5版の項目(19),(20),(21)
Microsoft Excel 2000
SPSS ver.10
�W 本研究での調査の結果
表1-5-2 予習3点セット n全体=344 中学教師=117 高校教師=218
| 全訳予習の効果** |
全訳予習の効果(中学教師) |
全訳予習の効果(高校教師) |
| ある 88 25.6% |
ある 19 16.2% |
ある 67 30.7% |
| ややある 152 44.2% |
ややある 59 50.4% |
ややある 91 41.7% |
| わからない 55 16.0% |
わからない 19 16.2% |
わからない 35 16.1% |
| ややない 18 5.0% |
ややない 8 6.8% |
ややない 10 4.6% |
| ない 11 3.2% |
ない 9 7.7% |
ない 1 0.4% |
| その他 17 4.9% |
その他 6 5.1% |
その他 14 6.4% |
**:p.<0.01 Mann-Whitney Test中学教員より高校教員の方がこの予習3点セットの効果を信じていることが判明
表1-5-3 予習3点セットの実施と学年統一テストについて
| 実施について |
学年統一テスト |
| している 168 48.8% |
公平のため 208 60.5% |
| していたがやめた 68 19.8% |
楽である 13 3.8% |
| したことない 69 20.1% |
おかしい 72 20.9% |
| その他 34 9.9% |
その他 40 11.6% |
| 無回答 5 1.5% |
無回答 11 3.2% |
�X 考察
1.全訳予習の効果および実施について
中学校・高校の240人つまり69.8%の先生が「効果がある+ややある」と肯定的な考えを持っていることが判明した。また,48.8%の先生が調査時点で「実施している」と回答され,19.8%の先生が過去に実施されたので,68.6%の先生がこの方式を指導された経験があることが判明した。これは「この予習3点セットが日本の教育現場のテスト指導には有効である」というのが多くの日本の教員の頭の中にある教員の信念の1つだということを示しているといえる。そして,検定の結果この方式が高校教員の方により効果的だ考えられていることも肯首できる。ただ,「していたがやめた」という先生が19.8%存在するということは,しだいにその方法が効果をもたらさない学習者が存在することがわかってきたことも示している。
2.統一試験についての結果について
60.5%の教師が,学年で統一して行われるテストを「評価を公平に行うために当然だ」と肯定的に捉えている。その根底には内申書・調査書の問題があると考えられる。調査書には校内順位をだして上位何パーセントにその生徒がいるのかを書く必要がある。したがって,その結果を公平にするためには学習者を一直線上に並べ,相対評価をする必要があると考えられてきたのであろう。そのために,統一尺度を用いる必要性が支持されているということが推察できる。
�Y 本章のまとめ
高校での成績は絶対評価によってつけるから,CRTの定期試験を使っての結果で,成績をつけることができる。したがって,習熟度が非常に高い生徒が在籍している高校を除いた大半の高校の定期考査は,学習した教材の中から問題が出題されるCRTである。また。中学校も相対評価であるが,様々な学習者層を抱える学校がほとんどである。したがって,その中で成績を付けるには学習量に対して評価するの方法が一般的で,大半の中学校は定期試験をCRTで行っていると考えられる。
根岸(1999.8)は定期試験がCRTであるならば,生徒の学習の明確で具体的な目標の成否を測定,そして評価されなければならないが,その点に関して,日本の学校の多くの定期試験は機能していないと述べている。これが世界のテスト研究の成果を日本の学校の定期試験に応用できない理由の一つだろう。この原因の一つには,日本の教員の抱えている生徒数の多さと定期試験のための時間的余裕のなさがあげられるだろう。日本の公立学校では1人の教員は3クラスか4クラスを担当することが普通であるために,1クラスが40人の場合,1人の教員は120人か150人を担当することになる。また,定期テストは,平常授業の合間を縫って作成,採点をしなければならない状況で試験の作成のための設計,採点,および評価のための時間が十分に確保されていない状況である。とても被験者1人1人に細かい分析する時間的余裕は確保できない。そのために,定期試験は指導の分析・評価が無視されることになって,成績を公平につけるという面が強調されるようになったと言える。
また,これも第5版で明らかになったことだが,70.3%の教員が英語科内での研修会を定期的にも不定期にも実施していないと答えている。テストは統一で,教員の指導の分析と評価をしない,しかも科内研修会を実施しないことは,中学校・高校の教育現場が保守的な指導法からなかなか抜け出せないことを意味している。その保守的な指導法とは,文法訳読式である。予習3点セットはその形式により訳読式授業に対応するものとしてうまれたことが明白である。本研究のアンケートは,それが多くの地区で教師によっていまだ指導されて,それから脱却できない現状も明らかにした。しかし,その3点セットの指導法は,その課題の過重さによって,英語の落ちこぼしを作りやすい指導法である(酒井1990)。ここに日本における英語教育の問題の一部があると考えられる。
英語教育の現状を変えようとトップダウンにより各種の研修が行われてきたにもかかわらず,コミュニカティブな授業がなかなか教育現場に浸透していかない現状がある。その浸透を阻んでいる原因を訳読式授業と入試であろう。本研究では,その訳読式授業の原因に研修を行わない教員集団による統一テストと3点セットの指導が大きく関わっていることを明らかにした。この現状を変えていくためには,トップダウンによる指導法の研修だけでなく,教育現場において,教員の指導に対する評価及び分析ができるCRTについての理解とともに教科内研修への理解を求める研究が今後の課題であるといえる。これを進めれば,日本の中学・高校の定期試験も世界のテスト理論を応用できるものに近づいていくといえるだろう。
引用・参考文献
Brown J.D. (1996) Testing in Language Programs, in和田稔訳(1999)『言語テストの基礎知識』,大修館書店
根岸雅史(1996)「テスト改善の発想術」「現代英語教育」vol. 33, No.3, 6-8
根岸雅史(1999)「「よい」テスト作りのために」「英語教育」vol. 47, No.13, 8-10
酒井志延(1990) "A STUDY ON THE RELATIONSHIP BETWEEN DETAILED/ SKELETAL INSTRUCTIONAL NOTES AND COGNITIVE STYLE (FIELD DEPENDENCE / INDEPENDENCE)OF JAPANESE HIGH SCHOOL STUDENTS"上越教育大学に提出した修士論文
Appendix
アンケート第5版の自由記述
「もし,授業活動を自由に選択できない理由があればお聞かせください」
・定期テストが共通問題で,同一教科を教える先生が文法重視で先輩であるため意見しづらい。(以前だが一括されてお終いだった)
・校内の英語の教員はそれぞれ独自のやり方で授業を行なっており,文法訳読式の授業が多い。定期テストもそれに合わせた共通問題なので,communicativeな授業がやりづらい。自分自身の教授法を変えるのも難しいが,他の教員の教授法を変えるのはもっと難しい。(やらなければいけないとおもいますが)
・定期テストが全クラス共通であるため,授業の進度や内容が制限されてしまう。また授業の要素として受験英語が要求されていることも大きな理由である。
・定期考査(統一問題)
・進学校における受験指導。ただしこれは絶対に必要であると思われる。「選択できない」のではなくて「選択しない」または「選択する必要がない」と考える。
・教えなければならない言語材料を期限付きで教えておかないと「高校入試に支障が出る」との親(保護者)からクレーム等があるので。
・限られた時間の中で授業を進めなければならぬ制約があるため,なかなか総合的(いままでに習った言語材料を駆使してコミュニケーション活動を進める)授業のための時間を十分に確保できない。
・カリキュラムがすでに決定されている。他の教員との指導・興味・もち学年とのすりあわせが困難。
・生徒の進路実現のためには,従来の方法から逸脱することは難しいから。
・40人の生徒で話すを中心とした授業は効率が悪すぎる(やってみたいが,効率は期待できない)。聞く話すを中心とした授業で学力(テストでの学力であり,英語力ではない)を期待できる自信,実績,確信がない。
・英語科内の人的問題,自分の担任・所属学年に優先的に振り分けられるなど。
「全訳予習の効果のその他」
・生徒の関心の程度やレベルにもよると思いますが,どちらかというと効果はそれほど大きくないと思います。
・迷いながら時々中3だけにしています。中1・中2にはするなと言っています。
・単語と訳のすべてではなく,必要なものの箇所のみは予習すべき。あらかじめ「つまずく」よりはわからないところ−−問題点を見つける必要あり。
・本文コピーはあまり意味がないと思う。自分でわからない所をはっきりさせ,わかる努力をするために単語を辞書で調べることができるようになれば(指導できれば)予習の効果はあると思う。
・教材への意識づけや,授業を受ける準備という点では,意味のある行為だと思う。
・本文の大まかな理解の方が効果的だと思う。
・新出単語調べと本文の内容を頭で理解しておくことは必ず必要と思うが,本文のコピーをノートに貼ったり,訳をノートに書いたりすることは,全く時間の無駄だと思う。
・本文のコピーは意味なし。その他の点に関しては必要と思う。
・新出単語調べのみ良いと思う。予習は行うべきではない。
・復習は必要だが。新出単語調べ,本文のコピーは各自できるかもしれません(新出単語調べは文脈がわからなければ勘違いもあり得ますが)。ただ,必要性は感じません。本文の訳は生徒に要求するのは理不尽だと思います。
・内容把握(訳)→コピー→単語調べ(訳)という順番ならばよい。
「予習実施についてのその他」
・単語調べのみ。
・スタート時点で,ノートの取り方例は示すが,それに従うよう強制はしてない。ノートは2冊用意させ(単純ドリル用とまとめ・復習用)点検するノートとそうでないノートと分けるが細かく点検しない。
・勧めるが強制はしない。
・教科書を何度も読んで内容を理解することを勧めている。
・訳はさせていないが,意味のつかめない文についてはマークさせている。
・私自身はしていないが,学校の英語科の指導としてこの方法なので,実際生徒は,この方法で予習をしている。
・本文のコピーや和訳できれいにノートをまとめる時間を教科書本文の音読に費やすように指導した。
・いつも奨励はしているが強制はしない。